2019年4月2日火曜日

卒業生からの Last Message① ~4年間ありがとうございました~


こんにちは、この春大学を卒業した関奏子です。
3月中に投稿する予定でしたが、慌ただしく過ごしているうちに気付けば4月に入ってしまいました。東北地方は桜の開花までもう少しでしょうか。
私事ですが、大学卒業と同時に4年間お世話になったHARUからも離れることになりました。去る218日が現役メンバーとして参加した最後の活動となりましたが、宮城を出るまでにあまり時間が取れず、直接お会いして感謝をお伝えできなかった方が数多くいらっしゃいました。

そのためこの場をお借りして、これまでの活動で学んだことやお世話になった方々への気持ちなどを書かせていただきたいと思います。

 私がHARUに加入したのは、東日本大震災から一年後の高校1年生の春休みに、姉と5日間ほどの泊まり込みのボランティアに参加したことがきっかけでした。そのたった数日間では何の役にも立てなかったという心残りから、東北大学に入学したら復興支援のボランティア団体に入ろうと思うようになり、HARUに行きつきました。
 私が新メンバーとして加入した2015年のHARUは、被災地の状況の変化を受け、既存の活動体制を変えて新たに「あそいくプロジェクト」が立ち上がるなど、表面化しにくくなりつつあった現地のニーズに気づき、それに応えられる活動に取り組んでいこうと先輩方が奮闘されていた時期でした。
 “遊びに行くという言葉から生まれた「あそいくプロジェクト」では、まさに遊びに行くような感覚で、定期的に石巻市に行き、市街地や仮設住宅を周って現地の住民の方と楽しく交流させていただきました。一緒にお茶を飲んでおしゃべりしたり、時に美味しい石巻の名物を頂いたり。それまではボランティアというと無償の奉仕というイメージがあった私は、そんなボランティア像とは少し異なるコンセプトの活動に当初は理解が追い付いていませんでした。しかしじきに、自らの足で現地を歩き、自らの耳で現地の方の生の声を聴いて交流を深めるという地道な活動こそが、ニーズの気づきに繋がることを実感するようになりました。

 

 その実感が形として表れたのが仮設住宅でのお料理会です。これは、「あそいくプロジェクト」の活動の中で出会った仮設住宅の住民の方のふとした一言で生まれました。
「集会所でみんなと集まることも減って寂しい。前は料理会とかあったけどなくなっちゃって。」
 そんなお言葉がきっかけで、HARUは仮設住宅でのお料理会を定期的に開催するようになりました。すいとん、おはぎ、ケーキや冷やし中華など、季節ごとにさまざまな料理を住民の方と一緒に作って美味しく頂きました。
 その際にも、予想外の出来事がありました。当初は、食材の準備から調理、片付けまで基本的にすべてHARUが主導で行うものとして「料理教室」というイベント名を掲げていました。しかし、よく考えれば当然のことなのですが、料理経験の浅い学生よりも、住民のお母さん方の方が比べものにならないほど料理がお上手なので、調理の段階ではいつも不慣れな学生の私たちを引っ張ってくださいました。それを受け、「料理教室」という看板は早々に消え、ただの「お料理会」になったのです。住民の方からは「なかなかこういう機会がないから張り切ってやれて楽しい」といった声を頂戴する一方で、学生だけで出来る範疇を超えてたくさん手を貸していただくことが住民の方の負担になってしまわないか、というのも懸念すべきことでした。得意なことで生き生きと楽しんで関わっていただきつつ、かといって甘えすぎることがないよう、その時々で料理のテーマから悩み、話し合い、実践し、反省するという流れを繰り返す中で、私はボランティアの奥深さや難しさ、そして面白さを知ることができたように思います。

 同じ仮設住宅に定期的に訪問して活動をしていると、お会いした時に再会を喜んでいただけたり、お別れの際に「楽しかったよ、また来てね」と言っていただけたりすることがとても嬉しく、自然と私のボランティアのモチベーションはそんな住民の方々にまたお会いしたい、といういたってシンプルなものになっていきました。
 足湯やお料理会で住民の方とお話ししていると、世間話や日常生活のお話だけでなく、震災を経験した上で若い世代に託す重い、とても重いお言葉に気を引き締められたり、私の将来への激励のお言葉や人生のアドバイスを頂いたりするようなこともありました。大切に心に留めたそれらのお言葉は、きっと今後の人生の節々で思い出すことになるかと思います。
 山元町でイベントなどのお手伝いに参加すると、さまざまな角度から復興支援に取り組んでおられる方に出会うことができ、そういった方々とお話しすることも大変勉強になりました。また、現地の方のみならず、東北大内外の大学生、高校生など沢山の方と交流し、意見を交換する機会を得ることもできました。
 HARUの活動を通して出会った方々には、普段の考え方にまで影響を及ぼすほど本当に多くのことを教えていただきました。お世話になった皆様に心から感謝しております。
 活動を振り返ろうとするとさまざまなことが思い出され、先日後輩に「4年間の活動の中で何が一番印象に残っていますか?」と聞かれた際にも、咄嗟にひとつに絞って答えることができませんでした。
 大橋仮設でのお料理会、石巻でのスタディツアー、山元町での運動会やハロウィンイベント、他大学・他団体との交流会の数々挙げればきりがありませんが、色々な経験をさせていただき、そのどれもが心に残っています。
 3年次には一年間代表を務め、先輩方が基盤を造り、積み重ねてこられたHARUを引き継ぐことの責任の重さを感じました。ただ今まで行ってきたことをそのまま継続するのではなく、被災地で求められるものの変化とともにHARUも変化していかなければなりません。
 はじめは自分には荷が重いかと思いましたが、周りの方に沢山支えられつつ、貴重な経験をさせていただいた一年でした。至らぬ点も多かったと思いますが、どんな時も優しくサポートしてくださった先輩方、いつも側で助けてくれた個性豊かな同期や後輩の皆さん、本当にありがとうございました。
 今後は、少し遠い地からではありますが後輩の助けになることがあれば何でもしていきたいと思っています。どうか楽しみながら活動してくださいね。

 長文にも関わらずここまでお読みくださり、ありがとうございます。
HARUでの出会いや経験は、私にとって大きな糧となりました。東北を離れても、HARUで学んだこと、石巻市や山元町で出会った方のことを忘れず頑張っていきたいと思います。色々な経験をして成長し、また違った形で貢献できれば幸いです。
4年間、本当にありがとうございました。





















2019年3月21日木曜日

3.16 HARUだっ茶~真岡女子高等学校JRC部の皆さんと一緒に~ @門脇西復興住宅


こんにちは!2年の町田です。もうそろそろ平成も終わり、3年生になると思うと時間が経つのは早いなあと感じます。
 さて、316日に門脇西復興公営住宅にて真岡女子高校のJRC部のみなさんとの活動があったので、それについて書きたいと思います!
 今回は、お茶会の前後にワークショップがありました。まずは事前ワークショップということで、「住民さんはお茶会の参加にあたってどのように感じているのか」「どのような話を聞いてみたいのか」を話し合いました。特に後者について、学生時代の思い出を聞いてみたい!という意見が結構あったのを覚えています。大学生になって2年が経ちましたが、(パパというキャラの定着なのか)なんとなく学生という自覚がなくなりつつあるので、自分は学生だ!と再認識しました(笑)
意外にお茶会では何も考えずに思いついたテーマを聞いてみたりすることが多かったので、一度立ち止まって「何を聞きたいのか」をまとめるということは非常に意味があるのだと思いました。
 
 そして、お茶会が始まりました!今回は、住民さんが作ってきてくださった料理や、JRC部のみなさんが作ってくれた、とちおとめを使ったフルーツポンチを頂きました。机いっぱいに並んだナポリタンと焼きそば、デザートのフルーツポンチの多さには、大食い(笑)の僕もお腹がいっぱいになりました!本当に美味しかったです!!!(余りも頂きました(笑))
 お茶会の中で、JRC部の先生である布川先生からお話を伺う機会がありましたが、それは復旧にあたるボランティア活動のお話でした。今はHARUも復興に焦点が当たっていますが、先生のお話を伺って、復旧との違いや、その活動に当たって持つべき心構え等を学びました。貴重なお話ありがとうございました!
 その後、JRC部のみなさんは住民さんにハンドケアを行いました!HARUでは足湯を行ってきたのですが、ハンドケアも非常に気持ちが良さそうなので、それもいいなあと思っていました。
さて、お茶会も終わり事後ワークショップが始まりました。住民さんからどのような話を伺えたのかそれを含めて、今回の経験を今後どのように活かしていくかについてまとめました。僕も先生からのお話を伺って、復旧活動にあたる際には適切な心構えをして臨みたいと感じました。




3.16 山元町 防災の集い@山元町



みなさんこんにちは!ブログはかなり久しぶりの渡邉です(*^^*)

私たちは3/16に、山元町で行われた防災の集いというものに参加してきました。
午前中はつばめの杜ひだまりホールという防災センターを案内してもらい、JRの復興についての映像を観て、午後は語り部さんのガイドのもと、山元町のさまざまな場所へ案内してもらいました。

まず、ひだまりホールはいろいろな側面を持っていることと、災害に備えてよく考えられて作られたことに驚きました!( _

丸くてかわいいと思っていたベンチが実は災害時にかまどになるベンチだったり、普段音楽ホールとして使っている部屋が避難所になったり、隠れたところにマンホールのトイレや貯水槽があったりたくさんの工夫がなされていました。災害が起きた時に必要なものや行動などを知ることができ、とても勉強になりました。

午後の町案内では、漁港や慰霊碑、正しい判断で生徒が助かった、旧中浜小学校などを見学させてもらいました。
 当時の小学校の校長先生がお話してくださった中で、「困難は波のように次々とやってくるが、次に何が起こるか予想し、準備をすることが大事」という言葉が心に残っています。

また、ガイドさんが「ここにも家がたくさんあったんだよ」と町を通るたびにおっしゃっていたのが印象的で、今の何もない景色からは想像できないことでした。改めて津波の力の強さを感じました。

この防災の集いでは、ここでは書ききれないほどたくさんのことを学びました。学んだことを踏まえてわたしたちができることは何か、考えていきたいと思います。

2019年3月11日月曜日

3月10日 広島経済大学 興動館 東北支援プロジェクトの方々との交流会


こんにちは!HARUの鈴木です。
先日、東北大学の合格発表がありましたね。川内キャンパスには新入生と親御さんの姿がたくさん見られました!1年生と活動できるのが楽しみです^^



さて、3月10日に、「広島経済大学 興動館 東北支援プロジェクト」の皆様と交流会を行いました。団体紹介のあと、グループワークを行い、互いの活動の目標や課題などについて話し合いました。




「広島経済大学 興動館 東北支援プロジェクト」の方々は、東北での現地活動をし、広島に戻って、それを写真展や小学校での授業で伝える活動をしているそうです。人々を笑顔にする、震災を風化させない、生命をみつめるという目的のもとで東北のことを考えているということで、同じ東北を支援する団体として、とても刺激になりました。



 



今日で震災から8年。あの日を忘れず、できることに精一杯取り組んでいきます。いつも活動させていただいている地域が少しでも元気になるように、たくさんの幸せを運んでいきたいです。



2019年2月20日水曜日

2月18日 HARUだっ茶@石巻市門脇西復興住宅

こんにちは。HARU 1年生の橋本です。

この度は石巻市におもむき、門脇西復興公営住宅の集会所と「絆の駅 石巻ニューゼ」という施設を訪れました。

復興公営住宅では、足湯マッサージと絵葉書づくりを行いました。
足湯は、写真にあるような洗面器に生姜を入れたお湯を張り、そこに足を片方ずつ浸けてもらいます。足湯のさなかには、メンバーが手や腕のマッサージをしてさしあげました。住民の方には片時でもくつろいでいただけたと思いますし、こちらも料理や地域のお話をうかがうことができ、和やかな時を過ごせました。


絵葉書づくりは、「春」をテーマとして設け、葉書の裏面に色鉛筆画や切り絵をほどこしました。色彩豊かな桜の切り絵、傍らに「花より団子」と共感にたえない文言が添えられたお団子の絵など、作品はさまざまです。三寒四温の折、いっそう春が待ち遠しくなります。

「絆の駅 ニューゼ」では、震災当時の石巻市の写真や、震災後数日のあいだ日毎に避難所に張られた壁新聞を拝見しました。壁新聞は石巻日日新聞さんが手書きなさっていたものです。この日は当時記者だった方からお話をうかがい、実地の道路状況や行政の対応などといった街の様子をはじめ、人々がどのような情報を求めていたかということや報道機関の行動についても教えていただきました。右も左もわからなかった当時のことを知り心苦しかった半面、日日新聞社さんが懸命に書かれた手書きの文字には、温かみも感じました。





門脇の住民の方々との交流を継続しながら、今後もさらに石巻を深掘りしてゆきたいと思います。

~本活動の一句~
   色紙を 貼ってのろまな 春に宛て

東北大学地域復興プロジェクト"HARU"は、
東日本大震災からの復興支援・地域再生を目的として結成されたボランティア団体です。
現在は主に、仮設住宅での
支援活動をおこなっています。
東北大学の公認をいただいており、今後も地域に寄り添った活動を続けていく予定です。