井上です。
先日の3月11日はメンバーと石巻に行ってきました。
個人的に、初めて大川小学校を視察させていただき、改めて津波のおそろしさを感じました。
また、その後の仮設住宅での活動では、今なお仮設で暮されている方と一緒の時間を過ごさせていただきました。
長く続く仮住まいでの生活を続けられている方、自宅に帰ることができない方、大切な方を亡くされた方、また震災により困難を抱えられている方に改めてお見舞いを申し上げると共に、我々HARUとしても、できることは微力ですが、また継続して関わっていきたいと思っております。
さて、年度末、卒業や異動のシーズンですね。
HARUでも僕を含めて現役メンバーでは2名が卒業します。
そこで、私たち卒業生からこの場をお借りして、今までボランティアで学んだことや後輩へのメッセージ、お世話になった方への感謝などを伝えようと思い、Last Messageという題でブログを書かせていただきます。
トップバッターは私です。
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Last Message ~経済学研究科修士2年 井上尚人~
まず、私個人のことは2年前の小野寺さんとの対談にだいぶ書いてありますのでよければそちらをご覧ください。
インタビュー以降のことや、インタビューには載せていない内容で大きく2つだけ、書かせていただきたいと思います。
一つ目に挙げたいのはやはり、半澤いちご農園さんとの関わりです。
こちらのブログでもたびたび取り上げできましたが、私は農園で多くのことを学ばさせていただきました。
ちなみに、インタビューの後、半澤農園のボランティアからは手を引きました。
農園側がもうボランティアが必要なく自立していけるようになったからです。
実は先日、農園で送別会兼卒業式を開催していただきました。
100回以上は農園に足を運びましたが、そこであった色々なことを思い出しました。
瓦礫撤去から始まったこと、初めての作付け、収穫、1,000人以上のボランティアさんへの年賀状出し、ボランティアさんが激減して苦労した2年目、40度近い気温になる真夏のハウス内の作業、ボランティアさんのコーディネート、広告物作り、初めてのいちご狩り、ブログ、ツアー、…… 挙げればキリがないほど沢山の経験をさせていただき、沢山の方々と繋がることができました。
また経験だけでなく、『ボランティア』という役割をたくさん考えることができたのも農園での活動でした。
実は活動と言っても、上で挙げたことは全体の5割〜6割くらいで、あとの4割くらいはおしゃべりしていました。
『なんだ手抜きだったじゃないか』と思われるかもしれませんが、ボランティアの本質って実はここにもあるのかなと思います。
『ボランティア』というと一般的には『無償の志願兵』等と解釈されますが、僕としては(もちろんその考えも間違いではないですが)、『心を寄せる第三者』なのかなぁという考えに至りました。
ボランティアは常に受援者と同じ目線で!という立場の方もおられるでしょうから議論が分かれるでしょうが、僕は今まで『第三者』というのは大事にしてきたかなぁと思います。
まわりくどくなってしまいましたが、つまりは『半外部の人間だから話せることもあるんじゃない』ということです。
意外とお隣同士とか、農家同士とかって話しにくいこともあるんですよね。
この考えは後の足湯などのケア系の活動にも活かされたと思います。
僕は卒業して宮城を離れますが、また宮城に立ち寄る際には農園に行きますね。
だからさようならというよりは、「また会いましょう!」ですね
2つ目は、先輩や後輩、他の大学、高校、社会人の方等々、かなり幅広い方々と活動できたことに感謝します。ということです。
僕は3年生の約1年間団体の代表をやらせていただきました。就任当時は自分が団体最年少で、メンバーは全員4年生や院生の先輩方でした。
そんな状態でも団体をこうしたい、もっとよくしたい、ということに協力していただいて、嫌な顔一つせず、一緒になって今のHARUの基礎作りをしていただいたのには本当に感謝しています。
そして、代表を引退した後は今度は自分が後輩たちに貢献する番だと思って活動してきました。
でも「どうだったかなぁ」とちょっと不安です。僕は活動で現地の方に迷惑がかかることをかなり嫌ったので準備段階とか振り返りでは結構厳しかったと思います。
もう厳しく言う人もいないので、楽しんでやってもらえばいいなと思います(笑)
みんなはどうかわからないけど、僕はみんなと活動できて楽しかったよ。
学祭に出てみようとか、新しいプロジェクトにチャレンジしてみようとかすごくいいなぁと思っていました。
もっともっとみんなと活動したかったなぁというのが本音ですが、時間がそれを許してくれないようです。このブログからみんなのこと応援していますね。
また、遠方からいつも心を寄せてくれていた広島大や長崎大の人をはじめ、たくさんの方の協力や支えがあって活動を続けてくることができました。
ありがとうございました。
東北に戻ってくるのはいつになるかわからないですが、もっと力をつけて今度はボランティアではなく、何かのプロフェッショナルとして帰って来て貢献できればいいなぁと思います。
それでは、またどこかでお会いしましょう。
2016.3.20
井上尚人